2026.08.31

「好き」でつながる場所をつくる——ミッション・ビジョンに込めた思い


取材:秋葉絢夏(デザインスタジオ・エル)
写真:内山温那
文:秋葉絢夏(デザインスタジオ・エル)

アニエラのミッションとビジョンはどのように生まれ、それぞれにどんな想いが込められているのか。代表のコバヤシリョウに尋ねました。

人生観から生まれたミッション

アニエラはミッションとして「人生をもっと楽しく」を、ビジョンとして「POP CULTURE HUB」を掲げていますが、これらの言葉は創業当時からあったんですか?

コバヤシ

ミッションの「人生をもっと楽しく」は、アニエラの創業前から指針としてきた言葉なんですが、ビジョンの「POP CULTURE HUB」は、創業してからいろいろと事業を進めるなかでかたちになりました。

創業前というと、コバヤシさんが個人でリユース事業をされていた頃からでしょうか。

創業までのエピソードは、YouTube「アニエラ会議室」でもご紹介しています。ぜひチェックしてみてください!
▼アニエラ会議室 #3「アニエラ代表コバヤシリョウって何者?」

コバヤシ

はい。僕はサラリーマンとして最初に勤めた会社を25〜26歳くらいのときに辞めて、アニエラの前身になるリユースの仕事を個人で始めたんです。
会社を辞めたときに、人生の意味とか、自分が生まれてきた役割みたいなことを悶々と考える時期がありまして。最終的には「人生に与えられた意味なんてなくて、自分はたまたま生まれてここにいて、この人生の意味は自分で付けていくものなんだろうな」って考えが腑に落ちたんです。じゃあ、自分の人生にどんな意味を付けたいかって考えたときに、「せっかく生まれたなら楽しんだほうがいいよね」と思って、「人生をもっと楽しく」という言葉に行き着いた気がします。「幸せに」とか「ハッピーに」みたいな言葉も、たしか思い浮かんだんですけど、やっぱり「楽しい」っていうのがしっくりきて。ただ、当時はミッションって言葉もまだ知らなかったので、「人生をもっと楽しく」も、あくまで自分自身の指針としてもっていた感じです。

広く「幸せ」というよりも「楽しい」のほうが具体的というか、アニエラらしさを感じます。この人生観は、どのようにポップカルチャーと結びついたのでしょうか。

コバヤシ

人生を楽しむために何をしようかと考えたときに、自分が楽しいと感じるものって何だったっけ?と振り返ってみたんです。そこで、幼少期から触れていたゲームやマンガ、アニメっていう日本のポップカルチャーが、すごく自分の人生を楽しくしてくれたなと気づいて、「ポップカルチャーに関わることを生涯続けていきたい」と自分の道がひらけました。

コバヤシさんにとって、「人生をもっと楽しく」するものがポップカルチャーだったというわけですね。

「好き」のつながりを生むビジョン

「POP CULTURE HUB」をビジョンとしているように、アニエラはつながりを生む「ハブ」としての存在を大切にしていると思いますが、この「ハブ」に込めた想いも聞かせていただけますか。

コバヤシ

例えばドラマを見たり、何か面白い体験をしたときに、友達だったり家族だったり、周りにいる人たちに共有したい気持ちって、たぶん誰もがもってると思うんです。何を楽しいと感じるかって人それぞれだからこそ、その楽しさを誰かと共有できることが嬉しいんだと思っていて。僕はアニメとか日本のポップカルチャーが好きで、「いいものだから見てみて」ってシンプルにおすすめしたいし、「一緒に楽しもうよ」っていう気持ちがベースにあって。好きなことをきっかけに誰かと出会ったり共感できたりしたら嬉しいから、アニエラがそんなふうに「好き」でつながれるきっかけになったらいいなと思って、「POP CULTURE HUB」というビジョンを掲げています。

アニメやマンガは一人でも楽しむことはできますけど、その気持ちを誰かと共有できたらもっと楽しくなるでしょうし、「好き」のつながりや広がりが生まれることで、ポップカルチャーそのものがもっと盛り上がりそうですね。

コバヤシ

まさにそうだと思います。誰かが「めちゃくちゃ面白かった!」っておすすめしたものに別の誰かもハマって、さらに周りの人たちにもおすすめして……って広まることで日本のポップカルチャーが盛り上がって、それが実際に日本を越えて世界にもどんどん広がっている状況だと思うので、アニエラもその一助になれたらすごくいいなと思います。

言葉で共有することの大切さ

「人生をもっと楽しく」と「POP CULTURE HUB」を、アニエラのミッション、ビジョンとして明確に示したのはいつ頃でしたか?

コバヤシ

創業して5、6年目くらいのときですかね。アニエラを立ち上げて5年くらい経った頃、次々にスタッフが離れてしまった時期があり、その後に今のミッション、ビジョンができました。

当時のことを、詳しく聞かせていただけますか。

コバヤシ

アニエラの事業体制としては、当時もリユース事業をベースにしていて、そこから出た利益も活動資金としてフェスの運営をしたりしていたんですが、リユースを担当していた子たちがどんどん離れてしまったタイミングがあったんです。僕自身の考えは創業前からずっと変わっていなかったんですが、働いてた子たちからすると「なんでリユースの会社なのにフェスやったりコラボグッズやったりしてるんだろう」って疑問だっただろうなと、振り返ってみると思うんです。なぜなら、僕が説明をしなかったから。というか、当時は自分の中でも、アニエラがフェスやコラボといったリユース以外の事業をしている意味をちゃんと言葉で説明できるほど腑に落ちてなかった気がします。だからなおさら、リユースを担当していた子たちからしたら「自分たちが頑張って出した売上でフェスをやったりする意味がよくわからない」って気持ちだったんじゃないかと。たぶんそんな理由で、人がどんどん離れていくみたいな時期があって。そのときに、自分のやりたいことや考えを、もっと自分自身で言語化して、会社のみんなにも伝えていかなきゃいけないなって思ったんです。そんな流れで、言葉にすることの大切さに気づいて、会社の理念や、それぞれの事業をやる意味というのを少しずつ言語化していきました。

そのような経緯があったんですね。リユース、フェス、メディアコラボの各事業のキーワードである「好きの橋渡し」、「好きの恩返し」、「好きのお手伝い」も、その頃に生まれたのでしょうか。

コバヤシ

リユースの「好きの橋渡し」はその前、創業した頃からあったと思うんですが、フェスの「好きの恩返し」とメディアコラボの「好きのお手伝い」はその頃にできました。
アニエラの専務取締役をしてくれている僕の弟がいるんですが、弟に「今こういうことをやってて、それにはこういう考えがあるんだけど、これを社員のみんなや周りの人たちにわかりやすく伝えるにはどうしたらいいんだろう」っていう話をする中で、「やりたいことって、こう表現できるんじゃない」って、その2つを提案してくれたんです。もともとあった「好きの橋渡し」みたいに「好きの○○」で揃えるなら、フェスは「恩返し」で、メディアコラボは「お手伝い」になるんじゃない、って。その言葉がすごくいいなって刺さって、「今のアニエラの事業は、この3つを柱に成り立ってるんだ」というのもはっきりした感じでした。

各事業のキーワードは、もともとあった「好きの橋渡し」をベースに、弟さんとの対話の中で揃えられたものなんですね。
そうして言葉にされた考えや想いをスタッフの皆さんに伝えたことで、みられた変化はありますか。

コバヤシ

ミッション、ビジョンなどの言葉を決めた後、毎年の人事面談のタイミングで一人ひとりに初めて共有したんですが、「アニエラが何をしたいのかがよくわかった」という反応がみんなからあり、すごく納得・共感してもらえた感覚がありました。
あと、会社としての指針を言葉にできたことで、判断が難しい場面でもスタッフ一人ひとりが納得感をもって仕事ができるようになったなと思います。例えば、リユースのアイテムにいくらの値段をつけるかだったり、仕事って絶対的な正解がない中で迷うことがたくさんあると思うんですけど、そんなときに「どうするのがアニエラっぽいか」をスタッフ自身が考えられるようになったと感じます。「こうしたほうが効率的だけど、これってアニエラの考えに合ってるんだっけ?」と立ち止まって考えて、納得のいく選択ができるようになりましたね。

迷ったときの判断軸になっているというのは、ミッションやビジョンの理想的なあり方ですね。

これから、アニエラが目指す未来

ミッションやビジョンが社内でも浸透してきた今、アニエラが目指す未来について聞かせてください。

コバヤシ

やること自体は今後もあんまり変わらないと思うんですが、ポップカルチャーを生み出してくれる人たちへの感謝を忘れず、僕たちがクリエイターの皆さんを応援するためにできること、ポップカルチャーを盛り上げていくためにできることをコツコツと、本当にコツコツと続けていきたいです。そうした先で、日本のポップカルチャーが国境を越えて世界でもますます楽しまれるようになって、世界中の誰もがもっと自分の「好き」を楽しめる未来をつくっていきたいと思います。

アニエラが続いた先に、きっと人々の「人生がもっと楽しく」なる未来があるんだろうと思います。
コバヤシさん、ありがとうございました!